伊達市柱田の飴買い幽霊

  本家『飴買い幽霊話』の原郷、柱田の四十九院部落に伝わる

    伊達家臣遠藤氏娘「朝日前」の子育て霊話

 掛田(福島県伊達市霊山町)の町に毎夜赤ん坊を抱いて飴を買いに来る女がいた。不思議に思った飴屋の主人は、ある日村人と一緒に女の跡を付けてみると、女は隣の柱田村(伊達市保原町)の墓地で姿を消した。しばらくすると、ある墓の中から赤ん坊の泣き声がしたので、掘ってみると、飴を舐めている赤ん坊が出てきたのであった。その墓の主は柱田村の郷士の娘で、身重のまま亡くなったという。赤ん坊が発見された日は亡くなった日からちょうど49日目であったという。
 田元 田元地蔵尊

   昔、柱田村に遠藤源一郎清治という郷士級の武士がいた。娘の朝日前に瀬上景春の子五左衛門を婿にもらい、清則と名乗らせた。ある日、朝日前は身籠ったまま亡くなった。葬儀の後、清則の夢枕に朝日前の霊が頻繁に現れるので、不思議に思った清則が朝日前の墓へ行くと、そこで赤ん坊が泣いていた。清則はその子を大切に育てたという。やがてその子は成長して清信と名乗り、伊達家に仕え、活躍した。殿様の伊達稙宗公(伊達氏14代)は清信に「四十九院(つるしいん)」の苗字を名乗らせたという。清信の子清元も伊達家へ仕えたが、丸森(宮城県丸森町)の金山城主中島伊勢の家臣となって柱田を去って行った。現在も金山城の東にその子孫が住んでいる。
 この二つの伝説ないしは伝承は同じ墓地にまつわるものであり、別々のものではない。特に後者の伝承は歴史的事実性をもっていて、興味深い。瀬上氏は伊達家臣として知られる一族である。遠藤家もまた当時の伊達氏関連古文書に見えている。一方、前者の伝説は「飴買い幽霊」や「子育て幽霊」として全国に広がっている昔話でもある。沖縄地方にまでこの伝説が伝わっている。しかし伊達の柱田の伝説のように具体的歴史的村名と人物名を伴うものは稀である。逆に言うと、柱田の「飴買い幽霊」こそが本家本元なのであろう。

 田元 田元地蔵遠景 西沢地区(四十九院地区)

  田元 四十九院田元地蔵尊の古碑

 現在、柱田地区の四十九院(しじゅうくいん)部落(この部落を「西沢」ともいう)に地蔵堂が建ち、古碑が並んでいる。ここが遠藤家の墓地だった所で、「田元地蔵」「田元の墓」と通称されて、子育て地蔵信仰が続いている。祭礼は4月13日で、この日は飴買い幽霊の掛け軸が披露される。
 この場所は、保原から掛田へ抜ける国道の西下にある。


伊達の香り

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