名取川で平田船の残骸を発見

 歴史的価値が高い貴重な文化財か・・・

 平成27年6月、名取川で平田舟(艜舟)の残骸を見つけました。東北地方では消滅していた、まぼろしの「平田舟」です。かつて江戸時代には年貢米の輸送にさかんに利用されていましたが、明治維新後、鉄道の施設が進むと次々に姿を消していきました。昭和初期のころ、港湾建設のため、川砂利の運搬船として活躍したのが、最期でした。あの平田舟は今全く残されていません。わずかに北上川の北上展勝の地に復元された平田舟が繋がれています。当時活躍していた平田舟は一つも残されていないのです。その平田舟が仙台市太白区中田の名取川の水中に当時の沈没した形のままに横たわって残っているのです。私には、とんでもなく貴重な舟に思えました。ぜひ引き揚げて保存すべき重要な歴史資料に感じました。

名取川舟
    名取川に沈み、半分埋まっている平田舟  

 平田舟の残骸は全長がおよそ20mで、幅は3mほどが確認されます。分厚い板と太い骨組みが波に削られても逞しく残っています。渡し舟と違って、相当大きいです。平田舟は舟頭を東に向けて約50度ほど右側に傾いて沈んでいます。石を積みすぎて傾いたまま沈んだと想像されます。その後半世紀以上経過して、波や砂等に削られて上部はなくなっています。しかし、龍骨や舟板はしっかり残り、まだまだすぐにバラバラにはなりそうにありません。
 名取川での米の舟運のことは知りませんが、阿武隈川や北上川では年貢米の舟運が盛んでした。阿武隈川では、福島・伊達から水沢までは小型の小鵜飼舟(平均米38俵積)で運び、水沢から荒浜までは大型の平田舟(平均80俵、およそ米32石)に積み替えて運びました。更に荒浜で大船の小廻船(150石~230石積)に積み替え、松島の寒風沢で千石船に積み替え、江戸へ向かったのでした。

引き揚げて保護すべきではないか。

 阿武隈川では小鵜飼舟も平田舟も現存していません。たいへん残念なことです。復元された舟も大事ではありますが、半壊していても当時活躍していた舟の価値は数倍大きいと考えられます。
名取川舟   

名取川舟   

舟


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