「高子二十境」 (たかこ にじゅっきょう)
     の漢詩の鑑賞

  江戸時代の詩境の世界が今も残る「高子二十境」

  現地を歩きながら、熊阪氏の漢詩を味わってみたい・・・

「高子二十境」は江戸時代に熊阪氏(熊坂氏)が創出した詩境(名所)である。ある意味、福島県を代表する景勝地(名勝)であると言っていい。ある意味とは、歴史的に文化的に、ということである。
 
 場所は、福島県伊達市保原町(ほばらまち)の高子地区。二十境は阿武隈急行電車「高子駅」の周辺にほぼ円形に散在する。

 「高子二十境」は阿武隈急行電車「高子駅」を中心に半径300~700mほどの範囲に、ゆるやかな丘陵上に配されている。丹露盤、玉兎巌、長嘯嶺、狸首岡、高子陂、白鷺峰、白雲洞などロマンチックな名前に誘われて、ついつい訪れてみたくなる。それぞれの場所には熊阪覇陵・台州・盤谷の親子孫三代の漢詩や当時と変わらない風景が残されている。

 案内図 二十境案内図

高子二十境賛歌

保原の高子地区に 名勝地が二十もあったなどと
だれも知らなかった
春から初夏にかけて そして秋に
それらはこっそりと 素晴らしい彩りを見せる

こんな町近くに 断崖絶壁あり 霊窟あり
天鏡のような湖水あり・・・・・

熊阪覇陵という希代の詩人が
およそ三百年前に生まれた一人の農民が
二十境の夢を創出したという

彼は 熊阪大尽と呼ばれた伝説の人
慈悲ふかい人であった
だからこそ 一家は「積善の家」と呼ばれ
後には「神」として祀られた

覇陵は 二十境それぞれに五言絶句の漢詩を残した
子の台州 孫の盤谷も 覇陵に和して漢詩を詠じた
三代の漢詩はいま 交響曲となって
耳を澄ます者にだけ その音が聞こえるという

新たな伝説が生まれつつある

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二十境の漢詩鑑賞

 丹露盤


  丹露盤  熊阪覇陵
丹巖高して突兀たり
沆?雲に滴て寒し
借問す孤標の勢
承露盤に如何ん


   解釈(丹露盤 熊阪覇陵)
赤い色の岩が高く聳え
空に突き出ている
夜露が雲の中を滴り落ち
寒さを感じさせる
聞きたい 突き出た岩の感じは
中国の王宮にあるという
承露盤と比較してどうであろうか
     ※承露盤は甘露をうける容器。本来はこの上に仙人掌形の容器が乗り、ここに甘露をうける。

 丹露盤・玉兎巖

  玉兎巖  熊阪覇陵
酒を把る仙崖の上
天風玉兔寒し
酔来肱臥する処
誤て月中の看を作す


  解釈(玉兎巖 熊阪覇陵)
仙崖の上で酒を飲む
玉兎の岩を天風が吹きぬけ、寒い
酔いがまわって寝ていると
誤って月の中に居る錯覚を覚えた


  長嘯嶺  熊阪覇陵
嶺頭長嘯し罷て
却て蘇門の岑を憶う
半嶺にして重て長嘯すれば
自ずから鸞鳳の音を成す

 長嘯嶺

   解釈(長嘯嶺 熊阪覇陵)
嶺の頂上で長嘯しおえると
隠者たちが棲むという蘇門嶺を思い出した
中腹に下って 再び長嘯すると
自ずから鸞鳳の鳴き声のような音になった
  ※蘇門嶺は隠者の孫登が住むという山。
  ※鸞鳳は伝説上のめでたい神鳥。
   ※七賢人の一人の阮籍があるとき孫登を訪ねて蘇門嶺に登ったとき、いろいろと問答した。しかし相手にされず、頂上で長嘯したのち、山を下りた。その途中に孫登の長嘯する声を聞こえてきた。隠者とはこういうものだという古事を踏まえている。


   高子陂  熊阪覇陵
春陂千萬頃
幾客魚を得て帰る
高子知んぬ誰が子ぞ
空く留む一釣磯

    解釈(高子陂 熊阪覇陵)
春の高子沼はさざ波が立ち 広々としている
釣り人たちは 釣果があっただろうか
高子とは女性の名だ 名付け親は誰だったのだろう
私は急に空しくなった 岸辺にはもう誰もいない

 拾翠崖


   高子陂  熊阪台州
春風高子陂
春水緑にして酒の如し
為に問ふ垂綸の客
魚を得ば肯じて売んや否や

   解釈(高子陂 熊阪台州)
春風が高子沼の上を吹きすぎていく
沼の水は緑色で酒のようだ
釣り人に尋ねたい 魚が釣れたら
売ってくれませんか

 う父山 うふざん うふざん

  禹父山  熊阪覇陵  
山頭試みに望みを騁せれば 
一水孤城を抱く 
襄陵の世を問わんと欲すれば
空しく禹父の名を留む 

   解釈 (禹父山 熊阪覇陵)
禹父山の頂上に立って一望すれば
一本の川が孤城を抱くように流れている
洪水の鎮魂歌「襄陵操」の昔を尋ねたいと思ったら
空しく禹父の名がここにあるではないか
   ※襄陵操は大洪水を鎮めた聖帝禹が作曲した歌である。その父鯀は治水できなかった。その禹の父の名を冠したのが「禹父山」である。


 愚公谷 愚公谷
 愚公谷 愚公谷

  愚公谷  熊阪覇陵
一び丘壑に耽りしより
幾か過る幽谷の中
老来路の遠きを愁ふ
頗る愚公を学んと欲す

   解釈 (愚公谷 熊阪覇陵)
丘壑の魅力にとりつかれてから
しずかな谷の中に何度も分けいった
老人は歩いてきた遠い道を愁う度に
すこぶる愚公の愚を学びたいと思った
   ※丘壑とは丘陵と谷


 白雲洞 白雲洞

   白雲洞  熊阪盤谷
独歩す幽洞辺
山中秋色の夕
丹楓遊子に媚び
白雲過客を留む

  解釈 (白雲洞 熊阪盤谷)
独り幽玄な岩屋の辺を歩く
山中 秋色が見え隠れする夕方
紅葉した楓は 遊覧する人に媚び
山上にたなびく白雲は
過ぎ行く人の足を留めさせる

 古樵丘


  古樵丘  熊阪台州
一び樵翁の去りしより
遺蹤惟古丘
今に明月在り
旧に依て白雲浮ぶ

  解釈(古樵丘 熊阪台州)
ひとたび老人の樵が立ち去った後には
古樵丘が横たわっているだけである
今はただ その上空に明るい月があって
昔のままに白雲が浮かんでいる


※以上の解釈はほぼ直訳であって、ここに歌われた言葉の背景などを読み解かねばならない。それには中国古典の幅広い深い知識が必要で、容易ではない。なお、解釈はあくまで一例である。

取って置きのスポット

 二十境 高子山の龍脊巖・採芝崖付近から狸首岡を望む
 左方の高い山は白鷺峰である。

 二十境 狸首岡から走馬嶺・う山方面を望む



width= ほんとうの二十境の地図上の場所



◎参考書:「永慕編」(熊阪台州編著)、「白雲館墓碣銘」(菅野宏著、白雲館研究会発行)、「高子二十境調査報告書」(高子二十境調査隊編・発行)、「ふくしま伊達の名勝 高子二十境 ~高子熊阪家と白雲館文学~」(松浦丹次郎著)ほか

高子熊阪氏と白雲館

熊阪台州著「二十境記」解読文

伊達の香り

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